漫画『ジョジョの奇妙な冒険 Part6 ストーンオーシャン』のラスボス、エンリコ・プッチ神父は、「人類の幸福」という崇高な理想を掲げ、「覚悟」こそが救いであると説きました 。
物語を通して、彼はその漆黒の信念を胸に行動し、ジョースター家の面々を次々と打ち破り、「メイド・イン・ヘブン」を発現させて自らの求める「天国」を実現寸前まで辿り着きます 。
しかし、その絶対的な勝利の直前、プッチは自身の計画で「取るに足りない事」と軽視していた一人の少年、エンポリオ・アルニーニョ によって、予想もしない形で追い詰められることになります。
追い詰められたプッチ神父が、最後に絞り出したのが「このちっぽけな小僧がああああああああああ」という、自らの理論と矛盾した断末魔の叫びでした 。
本記事では、プッチ神父がこの台詞を叫んだ緊迫した状況 、台詞に込められた彼の傲慢さと運命への敗北という皮肉な真実 を、物語の結末と彼の「覚悟」の理論との対比から徹底的に深掘りし、ジョジョ史に残るラスボスの最期を考察します。

プッチ神父の断末魔「このちっぽけな小僧が」の真の意味
『ジョジョの奇妙な冒険 Part6 ストーンオーシャン』のラスボス、エンリコ・プッチ神父は、独自の「天国へ行く方法」を実現するために物語を通して行動しました。
その彼の最期に発せられた台詞の一つが、強烈な印象を残す「このちっぽけな小僧が」です。
この短い一言には、彼の究極の独善と、自らの理論の崩壊という、皮肉に満ちた結末が凝縮されています。
台詞の全文と話者、登場シーン
問題の台詞は、プッチ神父が主人公・空条徐倫たちを全員始末し、「天国(宇宙の一巡)」を完成させた直後、唯一生き残った少年エンポリオ・アルニーニョと最後の戦いを繰り広げた際に発せられました 。
雑誌掲載時の台詞はシンプルでしたが、単行本化の際に加筆・描き起こしが行われ、より感情的な断末魔の叫びとして描かれています 。
その一部が「このちっぽけな小僧がああああああああああ」という形です 。
「ちっぽけな小僧」とは誰か?——エンポリオとの最後の対峙
プッチ神父が「ちっぽけな小僧」と侮蔑を込めて呼んだ相手は、緑色のイルカを連れた少年エンポリオ・アルニーニョです 。
プッチにとって、エンポリオは当初は取るに足らない存在でした 。
実際、プッチは「天国」完成直前まで、エンポリオを「始末しようとする」存在としか認識していませんでした 。
彼が追い求める壮大な「天国への計画」の前では、小さな刑務所に隠れ住む少年は全く重要視されていなかったのです 。
プッチ神父が叫んだ背景:追い詰められた「覚悟なき悪」
この台詞が発せられたのは、プッチ神父がエンポリオの罠にはまり、ウェザー・リポートの能力である純粋酸素中毒に陥り、身動きが取れなくなった瞬間です 。
エンポリオは、徐倫たちの意志を継ぎ、「未来なんか知らなくても『覚悟』があった」と、プッチの信念を真っ向から否定する言葉を投げかけます 。
これに対し、プッチは「ほざくな小僧..!」と怒りを露わにし、エンポリオこそが「『運命』に負けたんだ!」と反論しようとします 。
しかし、エンポリオはプッチに向かって「覚悟ができていなかったのはおまえだ、プッチ!」と言い放ちます 。
これは、プッチ自身が「死ぬとわかっていても覚悟があれば幸福」と説いておきながら 、エンポリオの復讐という運命から逃れようと「天国の時」の加速を中断し、彼を始末しようとしたという矛盾を突くものでした 。
この究極の矛盾と屈辱、そして自分を打ち破ったのが、自身が軽視していた「ちっぽけな小僧」だったという事実に、プッチ神父は激しく逆上し、最後の叫びを上げます 。
運命への敗北を象徴する台詞
プッチ神父は、自身が「神の定めた大いなる運命に従う人間」であり、「神の望んだこと」を実行していると信じ込んでいました 。
しかし、エンポリオから「おまえは『運命』に負けたんだ!」と告げられたことは、彼が自分の正義を押し付けただけの「自分が悪だと気づいていない最もドス黒い悪」であり、「エゴイスト」であったことの証明となりました 。
「ちっぽけな小僧が」という叫びは、自らの理論と信念の崩壊、そして運命に翻弄され敗北した一人の人間の、最もみじめで相応しい末路を象徴しています 。
最終的にプッチ神父が死亡したことで、「天国」となるはずの世界は未完成のまま消滅し、ジョースター家とDIOの因縁に終止符が打たれたのです 。
